幼少〜小学生編

 

自己紹介【幼少〜小学生編】

 

 

こんにちは。

かんしゅーです。

ここでは[ごあいさつ]とはまた違った、

もっとフランクな形で私を知っていただけたらと思います。

コンパとかでもよくありそうな「初めましての自己紹介♡」的なスタイルで進めていきます。笑

 

と、思いましたが、つまらなさそうなのでやっぱりやめます。普通に文書であまり長くならない程度に書くことにします。

(とは言いつつ、途中まで書いてしまったので、別にタブを分けて一応載せておきますので、「コンパ的自己紹介」が気になる方はよければご覧ください。)

 

さて、話を始めます。

私は1993年、宮城県名取市で、サラリーマンの父とOLの母という至って普通の家庭に生まれました。

幼少期の私はというと、とにかく負けず嫌いで、両親が共働きだったため物心ついた時にはもう保育園に通っていたのですが、その保育園で毎日のように喧嘩をしていました。はっきりとは覚えていませんが、うっすらとそんな記憶があります。母からも「あんたは喧嘩になるとすぐ人のことを噛むから、保育園や喧嘩相手のお母さんから苦情が来て大変だったわよ。」と言われました。きっと前世は犬だったのでしょう。笑

にしても噛むのは男らしくないなと今は思います。

そんな感じで、子どもの頃は保育園でも喧嘩、小学校に上がってからも喧嘩、家へ帰ってきても喧嘩とただの喧嘩屋というか、本当に負けず嫌いでした。

そんな私も幼き頃、一番最初に抱いた夢がありました。

それは手品師」です。

確かテレビか何かでMr,マリックという人のマジックを見たことがきっかけなような気がします。

その一連の出来事に大きな衝撃と、興奮を覚えました。

すぐに彼の本を買って、練習をしました。

そしてその年のクリスマス、サンタクロースからは手品師セット?的な物をもらいました。

最近思うのですが、この時から私の興味や興奮、関心の先はあまり変わっていないなーと。

予想を超える不思議な出来事に衝撃を受け、驚き、ある種の高揚感を覚えた。

そして今度は自分がそれをして誰かを驚かせたい。衝撃を受けてほしい。

幼心には無意識にそのようなことを感じたのだろう。

思えば、

小学校でのお化け屋敷でのお化け役、

友だちと心霊スポットへ行った時のドッキリ、

突然のサプライズ、

確かに私はその類のことを実行することが大好きだ。

相手の反応を楽しみにヨダレを垂らしている狼のごとく、

人を驚かせることを企画するのは心底ゾクゾクするし、なんともいえない高揚感に包まれる。

それはあの時から20年以上も経つが、今も何一つ変わっていないということが面白い。

 

さて、話を幼少期に戻します。

暮らしていた家はというと、小学3年生くらいまでは父の実家、つまりばあちゃんとじいちゃんがいて、それからおんちゃんと呼んでいた父の弟、私の妹の7人家族で暮らしていました。今思うととても賑やかな家だったなと感じます。ちなみに今もじいちゃん以外はみんな元気です。

その頃の私はというと、先にも書いたように負けず嫌いという性格が災いして、保育園でも学校でも家でも喧嘩をしていました。

そして小学4年生のときに父の単身赴任の都合もあり、父、母、妹、私の4人で2キロほど離れた場所へ引っ越しました。この時母は仕事を辞め、彼女の人生では最初で最後の専業主婦となりました。実家にいた時にはご飯作りはほとんどばあちゃんだったので、引っ越した当時は学校から帰ってきて母の温かいご飯が待っていることは新鮮でした。

ちなみに、ここだけの話、ばあちゃんの料理の味の方が私は好きでした。笑

母は途中から健康志向になったため、今となっては素晴らしいことだと分かるんですが、

当時の僕は今までの添加物や旨味の調味料の味に舌が慣れてしまっていたため、

「美味しくない」と母にはよく文句を垂れてた記憶があります。

そしてそれからの私の人生を大きく変える出来事がこの引越し先の家ではありました。

ある日、家のインターホンが鳴り、玄関へ歩いていくと回覧板を持ってきたおばちゃんがいました。

そのおばちゃんは僕に話しかけてきて、「野球をやらないかい?」と尋ねてきたのです。

そう、これが私が生涯愛するであろう、野球との出会いでした。

そのおばちゃんは少年野球チームの監督の奥さんでした。

そのチームは私の家のすぐ目と鼻の先にあるグラウンドで練習しているとのことでした。

私は見学へ行き、即入団を決めました。

その少年野球チームは夏はもちろん野球なのですが、

冬になると地域のバレーボール大会や、ドッジボール大会に参加するため、

野球以外の練習もしていました。

それが私は大好きでした。

もちろん野球も最高に面白かったのですが、それ以外のこともここでの活動の全てがとにかく面白くて、楽しくてたまりませんでした。

毎回の練習が待ち遠しかったのを覚えています。

 

小学5年生に上がる前、また引越しがありました。

この時もそう遠くへの引越しというわけでなかったのですが、

今度は今まで通っていた学区外への引越しだったので転校をする必要がありました。

私は両親に激しく拒絶しましたが、その思いは当然のことながら届きませんでした。

転校するしかないというどうしようもない現実を受け入れた僕でしたが、

4年生最終日にクラスのみんなからお別れを言われ、あまりの寂しさと、悔しさで泣いたのを今でも覚えています。

私は人前では決して泣かない、特に学校ではむしろ強がってばかりいたタイプだったので、

涙が出てきた時には自分でもわけがわからなかったです。

たぶんクラスのみんなもあの時はあまりの意外さに驚いたと思います。

そして幸いにも野球チームにはそのまま残れて、

卒業までのあと2年をこのチームで過ごすことができました。

距離は遠くなりましたが、小学生にとっては核弾頭並みの武器とも言える「チャリ」があったので、

それがあればどこへでも行けました。笑

 

そんなわけで嫌々ながらも人生2度目のお引越しを経験した私でしたが、

なんとこの引越しも、「かけがえのない出逢い」につながりました。

私にとって引越しは経験があれど、転校は初めての経験でした。

それまでは転校により出たり、入ったりしてくる人たちの行方を人ごとのように見ていた私でしたが、まさか自分がその立場になるとはね。

このときからかなー。少し人見知りができたのは。

何一つ知らない校舎、教室、人の顔・・・。

最初はどうしたらいいか恐怖でしかありませんでした。

しかしその時隣の席だった安田という人間が話しかけてきてくれました。

今でも覚えています。

安田:「名前なんていうの?」

私:「ひろのり」

安田:「ひろのりか〜・・・ならひっくんでいいね!」「今日から君はひっくんだー!」

てな感じですよ。

本名言ってしもうた。ま、いっか。

そんなわけでこの安田をはじめ、すぐにみんなが仲良く話しかけてきてくれました。

そのおかげで私はすぐにこの学校にも馴染むことができ、

この新しい友だちとともに残り2年、最高の小学校生活を送ることができました。

この時の友だちとは今でも年末年始などの休みの時に毎年飲みに行っている大切な友です。

その中に安田はいませんが。。。笑

 

さて、小学生までのことしか書いていないのに、想像よりも遥かに長くなってしまった。

 

よし、決めた。私の自己紹介は3つに分けることにします。

○幼少〜小学生編

○中学・高校生編

○社会人編

なんかアニメっぽくて面白くなってきた!笑

 

一人で楽しんでいたらすみません。笑

 

では続きは「中学・高校編」をご覧ください。

 

ひとまず、ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

ではまた。

 

 

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