幼少〜小学生編(中編)


さて、話を幼少期に戻します。





暮らしていた家はというと

小学3年生くらいまでは父の実家、

つまり

ばあちゃんとじいちゃんがいて、

それから「おんちゃん」と呼んでいた父の弟、

私の妹、

の7人家族で暮らしていました。



今思うととても賑やかな家だったなと感じます。



ちなみに今もじいちゃん以外はみんな元気です。



その頃の私はというと、

先にも書いたように

負けず嫌いという性格が災いして

保育園でも学校でも家でも

喧嘩ばかりしていました。



そして小学4年生のときに

父の単身赴任の都合もあり、

父、母、妹、私の4人で

2キロほど離れた場所へ引っ越しをしました。



この時母は仕事を辞め、

彼女の人生では

最初で最後の

専業主婦となっていました。



実家にいた時には

ご飯作りはほとんどばあちゃんだったので、

引っ越した当時は

学校から帰ってきて

母の温かいご飯が待っていることは新鮮でした。



ちなみに、ここだけの話、

ばあちゃんの料理の味の方が

私は好きでした。笑

(↑そうです。私は親不孝者のサイテーな息子です。正直者はつらい!)



その大きな理由として

母が途中から”健康志向”になったことが挙げられます。


今となっては素晴らしいことだと分かるのですが

当時の僕はそれまで何の気なしに食べていた添加物、

旨味の入っている化学調味料の味に舌が慣れてしまっていたため、

玄米をはじめとする化学調味料の入っていない、

味の薄い料理を作る母に対して

「美味しくない」とよく文句を垂れていたのを覚えています。



現在は

ニキビちゃんをはじめとする諸々の不具合のおかげで

食の大切は痛いほど理解しています。




さて

話は引越し後の生活に戻ります。



実はそれからの私の人生を

大きく変える出来事が

この引越し先の家ではありました。



越してきて間もないある日、



家のインターホンがなりました。



「ピンポーン」



私はそれを受けようと玄関へ歩いていきました。



するとそこには

回覧板を持ってきたと思われる

とある”おばちゃん”が立っていました。



母との挨拶がおわると

そのおばちゃんは僕を見て話しかけてきました。






「きみ、野球やらないかい?」






そう、

何を隠そうこれが

私が生涯愛するであろう

野球との出会いでした。



おばちゃんは

少年野球チーム

「増田イーグルス」

の監督の奥さんだったのです。


イーグルスは

私の家のすぐ目と鼻の先にあるグラウンドで練習しているとのことでした。




私はすぐに見学へ行き、

即入団を決めました。



その少年野球チームは夏はもちろん野球がメインなのですが、

冬になると地域のバレーボール大会やドッジボール大会に参加するため、

野球以外の練習もたくさんしていました。



それが私は大好きでした。



もちろん野球も最高に面白かったのですが、

それ以外のことも

ここでの活動の全てが

とにかく面白くて、

楽しくてたまりませんでした。



毎回の練習が待ち遠しかったのを今でも覚えています。






つづく